今回は、「D2C」事例の代表的な戦略として、「ストーリーを売る」というテーマを取り上げます。
「D2C」を取り上げた前回記事では、「一品」に絞り込んで、あるいは、「超ニッチ」に絞り込んで、一点突破する戦略を紹介しました。
今回は、「D2C」のもう一つの柱ともいえる、ビジョンや思想、ストーリーを前面に押し出して、あるいは、ストーリー自体を売る作戦を紹介します。
「ストーリーを売る」ために、メディアが必要
ビジョンや思想、ストーリー、世界観、ライフスタイルなどを表現するためには、メディア(媒体)が必要です。
「D2C」でよく使われるメディアには次のようなものがあります。
Webサイト
企業やブランドのWebサイトには、ビジョンやコンセプトを表現している他に、たいていの場合、EC、つまり、その場で買う機能があります。
特に、「D2C」事業の初期段階では、「そこでしか買えない」状態になっています。Amazonなど大規模モールのようなところで売っているケースはほとんどありません。
SNS
Twitter、Facebook、Instagram、日本ではLINEなどが多用されます。最近は、YouTubeもSNSのくくりに入れられることが多いです。
雑誌
ネットだけでモノを売っている企業が、紙媒体を作ることもあります。
本屋に行ってみると、ファッション系など中心に雑誌はまだ生き残っているので、ネットやスマホにはできない独自の表現力と媒体力、魅力があるのでしょう。
ブログ記事
国内では「note」など、SNS的な拡散をやってくれるサービスがよく使われます。
クラファン(クラウドファウンディング・サイト)
クラウドファウンディングの手法は、動画で世界観をアピールすることがメインになっていることも多く、「D2C」との相性はピッタリです。
お店(リアル店舗)
従来の小売りなら最重要拠点になるはずのお店・店舗でさえも、「D2C」のなかではメディア・媒体の一つです。
ストーリーやライススタイルを表現する場なので、その場で買える必要はありません。商品によっては、製品を実体験することが重要な場合があるので、試用や試着ができる場所としても使われます。
この影響か、最近は、「その場で買えないお店」のような業態も増えてきました。
コミュニティーを運営
「D2C」企業は、そのストーリーや世界観に共感する人が集まるコミュニティを運営することもあります。
つまり、企業やブランド、商品の「熱烈ファン」を作っていくわけです。
ファン作りをするマーケティング自体は新しくない
この手法自体は、新しくありません。
従来は「ロイヤル・カスタマー戦略」「ロイヤリティ・マーケティング」などと呼ばれていました。
ただ、従来は、ブランドありき・商品ありき、でその販売戦略として作られていましたが、「D2C」ではストーリーが先、モノは後(あと)になっていて、話しの順序が反対です。
メディアは、SNSのほか、あらゆるコミュニケーション・ツールを利用可
SNSの仕組みがフル活用されることは言うまでもありません。
チャットのツール(Slack、など)や、オンラインサロンのようなサービスが利用されることもあります。
演出したいつながりの「濃さ」で、メディア、サービスを使い分けます。この選択肢にまったくこまらない、自由に選べる状態になったのが、現代の物販・「D2C」事業の特徴です。
コミュニティを運営するなかで、製品への意見・フィードバックをもらったり、同意の上でアンケート・データをもらったりすることもあります。このあたり、ロイヤリティ・マーケティングのテクニックが多用されています。
また、「スケール」つまり顧客が何百倍、何千倍に広がっても、受け入れられるかどうか、もメディア選びには大事な観点です。SNS各社や、GAFAなどのサービス、あるいは、「SaaS」と呼ばれる企業のサービスは、この点での心配はほとんどありません。
「D2C」の「メディア」事例
「ストーリーを売る」あるいは「ライフスタイルを売る」事例を紹介します。
事例)Away /ライフスタイルを売る
「Away」は、2015年の創業から2年半で50万個の「スーツケース」を売り上げた、「D2C」大成功事例です。
「一点突破」ポイントは、「スマホ充電機能の付いたスーツケース」でした。
スマホの電池が切れると文字通り死活問題になる若い世代、「ミレニアル世代」の間で大ブレイクしました。「ミレニアル世代」が好む、デザイン、色や形を選び、安めの価格帯を設定しています。
SNSでライフスタイル提案
以前の記事でも、「Away」の「Instagram」アカウントを紹介しました。
規模が大きくなったためか、現在は商品の写真が増えていますが、以前はもっと極端でわかりやすかったので、2年ほど前のインスタのスクリーンショットをお見せします。
スーツケースのアピールではなく、「Away」のスーツケースがある生活、つまり、ライフスタイルを提案することに重点が置かれていることが一発でわかります。
雑誌をつくるネット企業
また、「Away」は雑誌を刊行しています。
Webサイトをみても、「スーツケース」の製造メーカーが作っているとは気が付きません。一番下の「Away」のロゴをみて知っていれば、さりげなく写真にスーツケースが映っていることはわかる、ぐらいの感じです。
内容は、旅をする生活スタイルを伝えていて、一般の旅行雑誌と見分けがつきません。
スーツケースの販売は、誌面では絶対にしなかったそうです。
SNSや雑誌などのメディアで売るのは、あくまでも「世界観」「ライフスタイル」「ストーリー」であって、商品を売るのではないからです。
事例)Madison Reed /ヘアカラーD2C
次に、「Madison Reed」という企業を紹介します。
自分で家で染められる、ヘアカラーのキットを販売しています。
私が愛読している「スクラムベンチャーズ」ブログによれば、コロナ禍で売上は15倍に伸びたそうです。
「Madison Reed」のWebサイトには、「D2C」企業が用意するべきECサイト機能がたくさん盛り込まれており、それらをみるだけでもお手本になるのですが、ここで紹介したいのは、創業者の動画です。
その名も「OUR STORY」として、創業者がビジョンや哲学を端的に語っています。
ECサイトには買いやすくする機能がたくさんあり、製品自体の品質が本当によいことも当然大事なのですが、創業者のビジョンが伝わらないなら、売れる商品にはならないのでしょう。
事例)ファクトリエ /D2Cと呼ばれない企業
次は、「ファクトリエ」を紹介します。
「D2C」という言葉が広がる前から事業を展開していたためか、「D2C」と呼ばれているのを見たことがありません。しかし、その考え方・手法は「D2C」そのものです。
たとえば、商品ひとつひとつに対して、説明がやたらと長いのです。
これでもかというほど、写真と記事を大量に投入して、その製品にまつわる「ストーリー」を存分に説明します。
そして、最後に、工場の作り手の顔や現場を見せています。
日本国内には、有名ブランドの製品製造を請け負っている工場が各地にあり、技術力は持っているけど、企画力・販売力に欠けるために自社製品がない、という企業がたくさんあるのだそうです。
いわば日本の田舎にうもれているアパレル工場を、創業者・社長自ら直接訪問し、こだわりにこだわった製品を製造させます。
販売は、自社Webサイトでの直接販売のみです。極限までコストをかけず、創業当初は、社長自らがモデルをつとめることで話題になりました。
現在でも小売り店舗はありません。あるのは、試着専用ショップです。
前述のWebサイトを見ていただければわかりますが、価格は高めです。ユニクロなどファストファッション系のお店で買っている感覚からみれば、驚くほど高いです。
しかし、お客様は買います。なぜなら、その品質保証を兼ねたストーリーを買っているから、ある意味モノの値段ではなくなっているのです。
以前テレビ番組の取材で「ファクトリエ」のファンのコメントを見ましたが、「このストーリーを買っているんです」とはっきり言っていたので、顧客をだましているわけでは決してありません。
製造以外のコストを極限まで減らした状態で、高い価格で売るわけですから、利益は大きくなります。
この「ファクトリエ」の事例から、「D2C」企業のもう一つの構造が見えてきます。
D2Cメーカーは、「ファブレス・ファクトリー」の究極形態
実は「D2C」企業は、製造メーカーの直接販売と言いながら、それを製造する工場を持っているケースはほとんどありません。特に創業初期には、既存の工場に製造を委託するのがむしろ普通です。
工場を作るには、初期投資、つまり、売る前にお金がたくさん必要なためにリスクが高まり、失敗を怖れるあまり、超ニッチな商品で一品勝負する大胆な戦略をとれなくなるからです。
これに対して、製造をしてくれる工場のほうは、技術力が高いにもかかわらず仕事が不足しているケースがあります。この状況は「ファクトリエ」の事例にはっきりと出ています。
「ファブレス・ファクトリー」「ファブレス・メーカー」最強説
このように、工場を持たない製造業を「ファブレス」と呼びます。
たとえば、給料が高いことで有名な「キーエンス」社は、工場を持たないため「ファブレス・メーカー」と呼ばれます。
中小製造業を中心に5000社を指導したとして、もはや伝説になりつつある「一倉定」というコンサルタントは生前、「ファブレス・ファクトリー」は理想の業態と言っています。
「D2C」企業は、モノ作りではなく、メディアを作りをしている?!
ここまで見てきたとおり、「D2C」企業は、商品を企画・設計しますが、製造自体は工場を持つ企業に委託し、配送も運送会社に委託します。
すると、「D2C」企業がやっているのは、メーカーではあるもののモノ作りではなく、実際は、顧客とつながるためのメディア・媒体を作る、メディア企業だ、と言えます。
まとめ
今回は、「D2C」企業がビジョンや思想、ストーリー、世界観、ライフスタイルなどをどのように伝えるのか、その手段としてのメディア・媒体に注目しました。
お役に立てば幸いです。
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